この章では、販売規模別にどのような経営課題があるのか、3つの事例をもとに解説してきました。
【事例1】販売規模1,000万円~2,000万円、息子が就農のために実家へ戻ってきたねぎ農家(メルマガ第8回、第9回)
【事例2】販売規模3,000万円~5,000万円、法人化により経営者の意識が変化した果樹農家(メルマガ第10回、第11回)
【事例3】販売規模5,000万円~1億円、台風からの復旧を目指している大規模施設園芸農家(メルマガ第12回、第13回)
今回はこれまでのまとめとして、規模拡大に踏み切る農家が経営上抱える問題を整理します。
数字の把握
事例1では、自らの品目の収支や原価を把握せずに赤字で契約取引をしていること、赤字であることさえ気が付いていないことを紹介しました。「数字は分からない」と苦手意識を持ち、大体の感覚で数字を把握している農家が多い点は大きな問題です。これは、長年JAや市場に販売を任せ、自らは農作業に集中してきたことが一因です。数字を把握していないため、直売所での販売などで原価割れしていても、それに気付かずに値付けをしている状況です。
資金繰り
農業では資材を購入した際に、その費用を売上の発生する収穫時期に支払う方が多いです。そのため、JAや取引先は、農家が資金繰りを心配しないように農家への支払時期を猶予しています。
また、JAには貸越口座といって、預金残高がマイナスになっても通常通りに取引ができる預金口座制度があります。これにより、農家は資金繰りが回らなくても普通の事業を継続できるのです。しかし、利息はしっかりとられる上、赤字でも農業を継続できるため、赤字の額が膨れ上がってしまうこともあります。
借入金と投資
事例2や事例3のように経営規模が大きくなってくると、鉄骨のハウスや最新の環境制御システムなどの投資金額も増加します。補助金がより大きな設備投資を後押ししているのが現状で、多くの農家ではそれに加え、設備投資資金を金融機関から借り入れています。
金融機関は、返済のスタートを数年遅らせる「据え置き」で返済を開始する形をとる傾向がありますが、遅らせた分返済完了までの期間も長くなるため、返済金額は通常返済より大きくなります。特に数字を把握していない農家では、設備投資のために融資を受けた結果、大きな返済金額に追われることになります。
家族間のコミュニケーション
多くの農家では、労働力の中心は家族です。しかし、会議などを行う農家は少なく、距離が近すぎることでかえってコミュニケーションが取れなくなる傾向にあります。筆者が見てきた農家では、特に父と息子の会話がほとんどなく、母親や妻が潤滑油的な役割を果たして経営を回しているところが多いように感じます。一方、規模拡大に踏み切る農家や後継者がいる農家は、家族間のコミュニケーションは比較的良好なケースが多い印象です。
事業承継
後継者のいない農家は、親族以外への第三者承継を検討しています。しかし、閉鎖的な地方ではよそ者を受け入れにくい雰囲気があったり、代々受け継いだ土地や設備を第三者へ引き継ぐ勇気が出ないのが現状です。それでも、従業員や第三者に土地や設備を賃借して、自らも労力として雇用されながら引き継ぐという事例も徐々に増えてきています。
後継者がいる農家でも、親からの技術継承がうまくいかずに苦労しているケースがあります。多くの農家は人に教えることが苦手です。また、農業には定年がないため生涯現役という意識が強く、感情面で子どもに事業を譲ることができない方も少なくありません。
雇用
事例2や事例3のように規模拡大に踏み切った農家では、雇用に関する問題が大きくなります。
とりわけ大きな問題は、人件費の確保です。給与や保険料の支払いにより固定費がかかりますが、その支払いは収穫の後で、というわけにはいきません。農閑期でも支払賃金が発生します。
もう1つの問題は、従業員が定着しないことです。農業は労働基準法の労働時間に関するルールが適用対象外になっていることから、労務管理に無頓着な農家が多いと感じます。さらに、農業の栽培技術はマニュアル化できない感覚的な判断や作業スピードが求められるため、従業員教育が難しいです。繁忙期になると教えている時間がなくなり、自分がやった方が早いと考える経営者も多いです。従業員に単純作業ばかりやらせることになり、従業員が仕事に意味ややりがいを見出せなくなる例は、事例2でも紹介した通りです。
法人化
このような経営上の問題を解決するために、国が進めているのが法人化です。詳細は前回解説しましたので割愛しますが、筆者のもとにくる経営相談の中でも法人化の相談は多いです。
農家の経営課題から市場が何を学ぶか
市場が農家の経営課題を把握することで、以下のようなことができるようになります。
・投資や雇用などに挑戦している農家に対しては、契約販売、相対取引、労力削減など、取引を通して有効な支援ができる
・現在取引がない販売規模の大きな農家の経営課題を把握することで、その農家へアプローチができる
・経営課題を聞くことで、精神的に寄り添うことができる
・経営課題を知ることで、専門家に繋ぐことができる
第3章では、今回のメールマガジン「農家の課題を知ることで、市場と生産者の適正利益を目指す」の第1回からの内容を踏まえ、具体的に農家にどうアプローチするかを解説していきます。
以上
※fudoloopメールマガジン15号(掲載日:2022年4月1日)
※本事例中に記載の肩書きや数値、社名、固有名詞および製品名等は、閲覧時に変更されている可能性があることをご了承ください。