※農経新聞2021年7月26日付より転載
「DX」(デジタルトランスフォーメーション)とは「新たなデジタル技術を駆使してビジネスモデルを変革すること」。前回は、新たなデジタル技術を使って青果市場業界、そして社会の課題改善に取組む事例を紹介した。そして、今回は”卸売市場の常識、当たり前”を変えてしまうかもしれない2つの事例を紹介する。
デジタルシフトで進む「個人商店」からの脱却
生産者の高齢化と担い手不足。この問題をとくに身近に感じているのが地方市場、とりわけ産地市場ではないだろうか。「生産者を支援したい」と思いつつも、多くの市場では営業員の時間的余裕がないのが現状のようだ。もし、時間ができたら…。
民営地方卸売市場の米子青果(上田博久社長、鳥取県)では、10年以内に売上金額に占める鳥取県、島根県産の比率を50%に高め、産地市場としての機能を強化することをビジョンに掲げる。
しかし、「地場産は夜にならないと入荷数量や等階級などがわからない」「何人もの生産者に出荷確認の電話をしなくてはならない」(上田剛史取締役)との悩みを抱えていた。
こうした中、生産者とのコミュニケーションの効率化を目的に、21年1月に導入したのが出荷情報共有アプリ「fudoloop」だ。メイン品目であるキャベツ、白ネギ、ブロッコリーなどを出荷する生産者約10人でスタートし、スマートフォンで翌日、翌々日の出荷予定量を報告する。
「今はモバイルのボタンを押せば確認できる」といい、夜に会社に連絡して入荷状況を確認することは、ほぼなくなった。この出荷情報をもとに、量販店への売込みができるようになり、適正価格での販売につなげている。
一方、これまで電話で行っていた生産者への販売価格の報告は、仕切書の画像をfudoloopで一斉送信する方法に切替えた。営業員の手間の軽減だけでなく、生産者からも「都合の良いときに確認できる」と好評だ。
コミュニケーションをデジタル化することで、時間だけでなく精神的な余裕もできたようだ。その効果が現れ始めている。
そのひとつが営業員の連携だ。同社では産地担当制を敷く。そのため「各自が受持つ産地の出荷・販売が円滑に済めばそれでいい」といった「個人商店」的なムードもあった。しかし、徐々に営業員同士のコミュニケーションが深まり、産地リレーによるスーパーへの供給も進みつつある。同社では販売先、そして産地に向けて、「個人」ではなく「会社」としての対応を強化していく。
上田取締役は「生産者への販売価格の報告や市況情報の発信なども管理部門等でできるようになれば、さらに営業員が売込みに専念でき、結果として生産者の所得向上につながる循環ができるのではないか」と期待する。
現在、庭先集荷の拡充などといった生産者支援に向け、グループを含めた社内体制を整備中だ。集荷にあたっては、「事前に出荷予定の連絡があれば、集荷をするか否かの判断もできる」との点でも、fudoloopは役立つとみられる。
fudoloopの導入で、生産者の出荷予定情報をスマホで確認できるようになった(米子青果)
夕刻に在宅セリ 買参人が増加
新型コロナウイルスの感染拡大を機に変革に取組んでいるのが、花き取扱い西日本最大規模の大阪鶴見花き地方卸売市場(大阪市鶴見区)だ。3密回避のため20年4月、多い日には500人以上が参集していたオークションルームを閉鎖。そして現在は毎週日、火、木曜の午後7時から「イブニングクロックオークション」をオンラインで開催している。夕刻の「在宅セリ」は日本初となる。
パソコン画面に11商品の画像が次々と映し出される形式で、同市場のなにわ花いちば(奥田芳彦社長)とJF鶴見花き(森川長栄社長)の卸2社が配信する。生花店などの買参人は自宅や店舗、事務所などからセリに参加。翌日の早朝から荷の引取りが可能で、配送も行っている。
オンラインによるセリは、なにわ花いちばが元々一部で行っていたが、オークションルームの閉鎖にともない、すべての買参人が移行することとなった。当初は早朝のセリをライブ配信していたが、荷の引取りの不便さから開始時間を夕刻に変更。さらに開催日を、日中に行われている「ウェブ販売」に合わせて移動した。ただ、ライブ配信だと繁忙期に通信状況が不安定となりがちなことから、卸2社でセリシステムを一新し、21年1月から画像を配信する方法に変更した。
「夕刻」「オンライン」と、これまでの市場の常識を転換してみると…買参人が100社以上増加した。しかも近畿圏のみならず、北海道から沖縄まで全国に広がった。
「夕刻からのセリなら他市場の買参人も参加でき、地域によっては商品を午前中に店頭に並べることも可能」(なにわ花いちば)という。
さらに、労務環境も改善。なにわ花いちばの場合、これまではセリに要する人員が20人ほどだったが、今では半数以下となった。営業社員の深夜出勤がなくなり、残業時間も大幅に減少。電車通勤もできるようになった。同社では「産地、買参人の協力を得てここまでできるようになった。まだシステム面などで課題もあるが、関係者に喜んでいただける仕組みを構築していきたい」とする。
次回(最終回)はDXに必要なポイント、農水省の事業などについて説明。